素直になれない 〜大戦時代捏造噺
 


 それが歴史に記されたのは、規模と長さに於いて無視出来なかったためだろうと揶揄されるほど、それはそれは長引いたことから のちに“大戦”と呼ばれるほどのものと化した、大きな戦さ、これありて。発端となった事態や状況、関係者たちの名も、下々には曖昧模糊とされたほど、上と下にはもはや直接逢うことすら無理な距離が生じたまでの、組織の膨張を招き。大陸ごと混乱せしめたところなぞ、戦さというより“大乱”と呼んだ方が正しかったのかも知れぬとは、ずんと将来から振り返った人々からの評であり。確かに、結果だけを見れば、勝った側だとされた南軍でさえ、ほんの数年ほどでその威容は崩壊しての、跡形残らず消え失せてしまい。後へと残って栄華を誇ったは、その戦さの陰でたんまりと稼ぎ、天運まで自在に買えよう財力をつけた、アキンドという勢力ばかりだったから。



     ◇◇◇


 当初、軍に正式に所属した兵士というと、南軍北軍の区別なく、基本的には士族の子弟らが大半であった。特に指定や規約、制限があった訳ではなかったが、武道のたしなみがある者がどうしても求められたし、そこへ身元の確かさも合わせるなら、軍人育成を主眼目としている士官学校の出身者が集められたは自明の理。よって、文武に明るい士族の子か、才能を見初め推薦してくれる伝手があった者らが順当に軍部に集められ、次々に前線へ出撃せよと送り出されていったものだった。

 ところが。

 現地、前線の戦況は、士気高揚のためもあってか、主に侍たちの華々しい活躍ばかりが後方へ報じられ。そこからだろう、出征して手柄を立てることが栄誉とされる傾向が生じもし。融通を利かせるだけの財力がある家の者までが、何を勘違いしたものか出征してくるようになったほど。階級まで金で買ったものか、無能なくせにやたら高い地位に就く素人が続出…という、戦争の最中に何をふざけたことをと耳目を疑いたくなるよな矛盾した人事が乱れ飛ぶ時期があっての、内部が腐り始めるのもまた、組織が大きければ已なきことなのだろか。




上官が無能な素人という残念な人事は、だがだが まだ可愛げのある方で。
何なら“お飾り”という扱いにすりゃあいいまでのこと。
もっと始末に負えない事態も、実は頻繁に起きており。
疑いなくの優れた実力や人望から、目覚ましい戦功を挙げまくり、
その名を広く世間へ轟かす名将の栄誉を、
同じ軍勢にあって、妬み嫉みする輩からの嫌がらせもまた、
秘密裏ながら横行していたというのだから、
これはもはや、どっちを向いて戦っていたのやらという問題で。
連合で挑んでいる合戦だというに、相手からの連携をことごとく無視したり、
そうまで明らさまな馬鹿はしない輩は輩で、
名将の手柄は 配下の手駒との呼吸の合った働きのせいだろと決めつけて。
鼻薬を利かせてある上層部の将官をつついてのこと、
白々しい応援要請を申し出た上で、
そちらも頼もしいことで勇名を馳せている士官らを分散させてみるという。
味方の足をわざわざ引っ張るような暴挙、
直接の戦さへよりも熱心に、喜々として企んでくれる一派もあるようで。

 『本末転倒とどうして気がつかないのかねぇ。』

言っとくが、俺らがしっかりしてっから無事なんだのに。
全滅しても師団級でもなしの たかが空艇小隊の一つや二つ、
いなくなっても後衛はまずまず安全と、思い込んでる近視っぷりよ。
下手すりゃ自分らの尻にも火がつくと、
全く気がつかない連中のやらかした采配で
体よく あっちゃやられこっちゃやられしながら、

 『自分の陣地へ攻め込まれでもすると、
  対処なんて知りもしないから しょうがないんだろうが、
  真っ先に救援寄越せと言って来るんだよな、そいつら。』

そういう厚顔で恥知らずなやつらまで、
何で俺らが体張って守らにゃならんのか…と。
優れた戦功のみならず、
派手な風貌から目をつけられることも多かったらしい双璧のお一人が、
不満たらたらで仰せだったのを思い出す。

 そんな悠長なことが通用したのは、
 あくまでも戦局が膠着状態にあったから。

南北どちらも引かぬまま、戦域もどんどんと広がり続けたその結果、
もはや どこをどうすれば、何を陥落せしむれば、
有無をも言わさぬ勝ち名乗りとなるのかも判らない、
そのような複雑曖昧な状況になりつつあったからと言えて。



  「○○方面支援の任から、
  ただ今 帰還いたしましたっ。」

普通はどこの方面基地の何番隊と除数が振られる小隊だが、
彼らだけはその戦功から別格扱い。
司令官の名を冠して“島田隊”と呼ばれていた、
なかなかに高名な空艇部隊に所属していた、
とはいえ 当人はまだまだ新米もいいところな七郎次が。
突然のことながら、管轄の異なる部隊の哨戒行動を任されてしまい、
いわゆる出張派遣の身となったのが、
基地周辺の地盤補強にと植えられてあったアジサイの茂みが、
いよいよという時期を得てだろ、
大層な自己主張で青葉を盛り返し始めていた先月の末のこと。
それからこっちという約一カ月、留守にしていたうら若き副官殿が、
やっと戻って来た支部基地内では、
そのアジサイも既に幾つもの見事な四葩の瓊花をつけており。
手鞠花の淡い色合いも、
凛々しいまでに色濃い葉の鮮やかさと拮抗なしてこそ、ますますと麗しいように。
金の髪に白皙の頬をし、まだまだ柔軟な印象の強い副官殿も、
軍服をきりりと着こなせば何とも凛々しい佇まい。
ぴんと背条を伸ばしての敬礼へ、

 「うむ。よう戻った。」

そんな彼が敬愛してやまぬ部隊長、
島田隊の惣領、勘兵衛様も、
最年少の部下を多少なりとも案じておられた反動か、
穏やかな笑みを口元へ浮かべての、今は安堵の様子でいらっしゃる。

  ―― 泣く子も黙る、北軍(キタ)の白夜叉

ご自身の振るう太刀捌きもそりゃあ素晴らしく、
そろそろ指揮官として司令部から指示を出すだけの身となってていいものを、
いまだに前線へ、先陣切って飛び出して行かれるわ、
超振動という巧みな太刀筋も自在に振るわれる、
筋金入りの実践派であらせられるばかりでなく。
それ以上に知られているのが、北軍随一の知将であることで。
もはや南軍へまでその名が轟くという、名将の采配も見事じゃあるが、
それへと鮮やかに呼応する隊士らの能力もまた高く買われており。
どんな混戦への途中参加でも、
それは機転も利いて、即妙な働きを鮮やかに見せることから、
即戦力としても頼もしいと。
創設されてすぐにも、あちこちの戦域への編成へ
予備軍だの隠し球だのと招聘されることは多々あったけれど。
そちらは、部隊長と懇意にしていた将官からのお声かけが主であり。
こっちの勝手もようよう御存知の、
つまりは“柔軟自在に動いていいぞ”という
奔放な采配をしてくださっての投入だったし。
何より、部隊ごとという参加だったので、
特に不審を感じることもなく、
粛々と従っての果敢な参戦をして来たのだけれど。

 “今回、俺まで引き剥がされたのは、
  良親様ばかりを頻繁に他所へ派遣するのへの
  牽制、目眩しのようなもんだろな。”

先に並べたような、どこかでコトの順番を間違えているような存在が、
こちらの部隊長へ“島田め、目にもの見せてくれる”と思っているようで。
まずはと双璧のお一人、良親様を始終あちこちへ引っ張り出すだけでは飽き足らぬか、
こたびはとうとう、年端のゆかぬ側近までも、
断り切れぬ筋からのお達しとした令状でもって引っ張り出し、
引き剥がしたという次第があった末の、特別派遣とそこからの帰還であり。

 「ご苦労だったな。」

やや南方に位置するこの辺りの気候の特徴か、
数日ほどしとしとというこぬか雨が続いていたそうで。
その名残りだろう露をまとった青葉が、
窓の外では、午前の陽を浴びて瑞々しい。
梢の先ほど若い葉がまだ萌えいずるのか、
黄がかった明るい緑を陽に透かしている様は眩しいほどで。
世界は初夏から夏を向かえんとして、何とも溌剌としているというに、

 「……。」

報告にと立っている執務室もまた、整然としていての清涼清潔。
少し開いた窓からそよぎ込む風も涼やかで、
長く引き留められていた砂漠の縁の派遣先よりずっと、
それはそれは居心地も良いはずだのに。
部屋の主たる“長づき”の人物に相応しい、
一枚板を据えた重厚で立派な作りの卓につき、
自分からの報告を穏やかなお顔で聞いて下さる勘兵衛様の様子とて。
何の問題も起きずの、無事無難を見るからに示しており、

 何に不足があろうかという、
 最も重畳な現状であるはずだというに

 「…………。」
 「如何した? 七郎次。」

どうしてだかを、自分でも誰かへ問いたいですよと、
言う代わりのように無言で通す若いので。
実際の話、
何でもないなら“何でもありません”と、
ちゃんと応じなければ不遜も良いところだが、

 「向こうでの活躍は聞いておるぞ?
  補佐にと新人をつけられての辺境哨戒中に、
  敵陣営の潜伏前進中の部隊を見つけたそうではないか。」

どうして応援の必要があるのか判らないほど、全くの休閑地であったものが、
思いも拠らぬ敵の侵攻を、しかも随分と早期に発見せしめたとあって。
今度は今度で、久しく慣れのない事態だったせいか、
小さな基地が蜂の巣をつついたような大騒ぎになりかけたが。
体を斜めにしてコケている場合じゃあないと、
鉢当て引き絞っての気合いを入れて、
先頭に立って立ち向かった七郎次の采配が利いてのこと。
立派な戦果を収めたその上で、
どうかすると今年中にも整理されて畳まれるはずだった小さな基地が、
前線として重要な要衝と見直されもしたという。

 “つまりは、そういう場所へ飛ばされてた訳で。”

それだけならば、まだいい。
一緒に居るから手柄も増えると邪推をし、
それでと引き剥がした子分どもが派遣先で勇名増やしたもんだから、
こんなしょむない企みをした連中は、
むしろ歯咬みしてるだろうなザマを見ろという結果も、
ある意味こっちへ上々だろうこと。

  だっていうのに、七郎次が浮かない顔をしているのは

自分と丹羽良親とが、やや離れた戦域へ別々に飛ばされていたその間に、
こちらの島田隊が数回ほど、近隣地域への襲撃を迎撃に出動したことと。
そのうちの…特に大きな部隊による領空侵犯は、

 この空域は今ちょうど手薄だぞよ、という

謎の密告あって組まれた南軍の作戦行動だったと、
揚陸撃墜された敵艦の、管制室から引き揚げた資料から判明したと
ここへ来る直前に、仲のいい事務官の一人から聞いたからに他ならず。
めきめきと売り出しの辣腕司令官が率いる部隊と、それが常駐するこの空域は、
そういやこの何年か、直接 寄ってくる敵部隊が激減しており。
作戦上、益のない土地とも思えぬのに妙なことよと、
そのせいか別空域への出張も増えての、
ともすれば緊張感がやや薄れていた頃合いだったので。

 『まま、いい意味で気合いが入ったようなものだがの。』

ようも此処まで、
どこの索敵にも引っ掛からずに侵入出来たものだという点では、
そちらの関係筋が責任のなすり合いをしているそうだが、それもさておき。
勘兵衛としては、そんな軽口ひとつで片付いたような、
何でもなく収拾つけられた級の事態だったそうだけれど。

 「……。」
 「規律の厳しい部署に居続けて、
  口が重うなってしもうたか?」

ウチはそこのところが緩いから、
他所へ行くとまずは馴染むのが大変と、あの良親もこぼしておったぞと。
卓の上へと上げておいでの、両手の指を組み合わせ、
顎を乗せるでなくの、だがだが、
その頼もしい手の陰で、苦笑を隠してしまわれるのは、
一体 誰への気遣いなのやら。

 「……。」

戦闘用ではない平服ではあれ、
上着も内着も下ろしたてのように きちんと清潔そうなのを着ておいでだし。
そりゃあ豊かでくせのある髪も、
彫の深い精悍なお顔をますますのこと男臭くしている顎のお髭も、
見苦しくはなくの整えておいで。
机の上も筆記用具が最低限の仕様で据えられているのみという片付きようで、
決裁待ちの書類やファイルは、
本人の机はおろか、
窓側に控える位置に据えられている、
副官としての七郎次の机にも見当たらないから。

 「あの…。」
 「んん?」

何にも起きぬときですら、
近隣の哨戒班から回ってくる報告へ眸を通したり、
中央部から回って来る人事登用の官報に眸を通したり。
推挙する派は有るか無しやなぞという、
そういうのは政治家でやってくれという意見書まで書かされかねぬわ。
果ては、隊士らの素行報告や備品報告までと、
知らぬことはない立場にされた以上はという、瑣末なデスクワークもあれこれ多数。
そこへ持って来ての、実戦も頻発したせいで、
鎮圧に数日はかかった、文字通りの修羅場に揉みくちゃにされ、
済めば済んだでそれへの詳細な報告書だって作成しただろうに。
それにしては、

  そんな事態なぞなかったことのような、
  この、泰然とした収まり返りっぷりはいかがしたことか。

慣れぬ土地で大変だったなぁと ねぎらっていただけたのは嬉しいが、
自分がいなくとも何の変わりもありませんでしたと言わんばかりの、
御主の平生ぶりこそが、どういうものか気詰まりでしようがない。

 “何かと困っていたと告げられても、
  それはそれでチクンと来たのだろうけれど。”

他の隊士の方々も多数いるし、勘兵衛様自身だとて幼子でなし、
この自分が赴任するまでは、
一通りの職務も雑用も自分で捌いておいでだったのだ。
ただ、それへ戻ったまでのことじゃあないか。
むしろ、それを不満に思う自分こそ、驕慢もはなはだしいのであり。
そうなのだぞと思い知るほどに、苦いものが込み上げて来るに至り、

 「では…。」

自室へ戻りますと、一礼をしての踵を返しかけたそこへ、

 「お、そうだった。」

不意に…何を思いついたやら、
七郎次への所用があるような声を上げる勘兵衛であり。
はい?と動きが止まった七郎次の目の前で、
すいと立ち上がった部隊長殿。
ああ、所作も機敏だし、靴も磨かれての申し分はない。
本当に、何もなかったも同然でいらしたのだなと、
その動作にても再確認をしておれば、

 「…おっと。」

そんな副官殿の傍らを通り、
此処が図書館つきの博物館だった名残り、
壁のあちこちへ嵌め込みになった
大きな書架のほうへと向かいかかった勘兵衛だが。
妙にくっきりした声を放ったと同時、
自分のひじを軽く横へと振る格好で、
すれ違いざまに七郎次の二の腕をとんと突いて来たものだから。

 「え?」

このお人を相手に警戒していては始まらぬと
すっかり油断していたのが半分と、
残りは、思っていた以上の気落ちのせいで。
自慢の反射も働かぬまま、みっともなくもその身の均衡を崩すと、
押されたすぐ先にあった、
先程まで勘兵衛がいて、その回りを巡って来た卓の縁、
腰から とんとぶつかる格好で凭れかかってしまっている。
不意を突かれたくらいでよろけた自分の無様さに、ハッとしたのも束の間のこと、

 「か、勘兵衛様?」

そちらも不覚な事態で足元を取られたものかと、
ともすりゃ自分の転げかかり以上に案じた御主はといえば、

 “………え?”

起こしかかったこちらの身を、
巧妙にも卓へと突いた両腕で挟み込んでの通せんぼ。
体勢が中途半端に傾いたままなので、
強引に押し返さねば起き上がりも出来ない七郎次なのを、

 「…何が可笑しいのですよ。///////」

先程までの平然とした穏やかさよりも、
ずんと濃い色合いの笑み浮かべ。
間近になった副官殿の、
困惑しきりのお顔をまじまじと眺めておいで意地の悪さよ。
この上官殿と接するの自体が久し振りなのと、
惚れ惚れとする男ぶりに満ち満ちた相手との距離があまりに近いのへ、
すべらかな頬を真っ赤にしつつ、
それでもしゃちほこばっての心身共に姿勢を正そうとしておれば、

 「自分がおらずともつつがないこと、癪でたまらぬと思うたか?」

 「…っ!////////」

ギクリとしたのは、図星だった心の狭さを恥じたのと、
他でもないこの彼に、そこまでやすやす見通されていた不甲斐なさ。
副官としての本来の職務ではないはずなのに、
不自由がないようにと、日頃のあれこれへまで手をかけていたの、
もしかして勘兵衛様には押し付けがましかったかなぁ、などと。
萎れかけてのうつむきかかったところをば ひょいと掬い上げた温みがあって。

 “え?”

ますますのこと、ぐいと卓の側へと押し込まれ、
さほどに高さのあるそれでなし、
何でこういうことへのコツを心得ておいでやら、
いつの間にやら天板の上へと腰を乗っけての、座る格好へと追いやられており。

 「勘兵衛様? …っ。」

わっと慌てたのは、行儀の悪さにドギマギする暇間もなくのこと、
そのまま上体をとんと倒し込まれ、足が宙に浮いた安定の悪さへで。
これはさすがに無防備が過ぎるとの反射が働き、
起こしかかったその身は、そこへ待ち受けていらした御主の懐ろへ、
あっさり受け止められている。

 「……っ。////////」

途端に、これ以上はないほど間近になった存在の、
男臭い匂いや温みや、制服越しの屈強な肉感を感じて
羞恥とも困惑とも言えない戸惑いに、顔が一気に火照り始める。

 しかもその上

こちらから飛び込んだ格好になったとはいえ、
その退路を断つようにと手際よく回されていた腕の輪が。
たとえ戯れのそれであれ、
抱え込むほど触れたいとする、彼の側からの所望をあらわにしていて。

  ああもうこのお人はと、
  はや翻弄されていることへも口惜しいたらなくて。

 「人の気もしらないで。」
 「んん?」
 「いいえ、きっと知った上で
  体よく からこうておいでなのですよね。」

自分がいなかったことで
勘兵衛が何かと困っておればいい…なぞとは決して思わなかった、
それは本当。

  …でも、ただ、あのあの。//////

自分の居場所、あっさりと無かったことにされたような気がして、それで。
胸のどこかに蓋されたような、そんな気落ちを覚えてしまったまでのこと。

 「…それだけか?」
 「〜〜〜〜〜。////////」

……ああもう、本当にお人が悪い。
こうされたとあって、この跳ねっ返りが、
執務中です真っ昼間ですと、
力任せに突き飛ばせないのだ、とうにお判りだろうにね。
んん?と、こちらから言わせようとなさる意地悪へ、
元がどれほどの色白だったかもはや判らなくなったほど、
頬から耳から真っ赤に染まった副官殿からの応じ。
何合もの沈黙の刻を経てのこと、
じいと見下ろしたままで、そりゃあ根気よくも待っておられれば、

 「……………寂しゅうございました。」

弱音を吐くなぞ、
それこそ、この跳ねっ返りには それはそれは大変な、
えいという覚悟がなくてはというほどの物言いであったのだろう。
それほどの逡巡を重ねた末のもの、
蚊の鳴くような、掠れた声で、
やっとのこと吐露した一言の、何とも愛らしいことだろかと。
それを聞くことこそが、この大人げない悪戯の主旨だったのだろに、
そうまで含羞むなと宥めるように、

 「シチ。」

一カ月も直には呼べずにいた名を 静かに囁く。
まだまだ嫋やかな印象も強く、肉置きも未発達なところの多いその肢体、
やっとこうして手元へ戻ったの、愛しいものよと間近に愛でておれば、
強ばっていた撫で肩が、懐ろの中、すとんと落ちた気配があって。

 「だってまだ、数えるほどしか出撃してないのに。」
 「はい?」

いつの間にやら、恨めしげな上目遣いになっていた副官殿。
思っても見なかったフレーズが飛び出したのへ、
何ですてと やや目を見張ったお顔でもって
部隊長様が訊き返している気配を拾えたか、

 「やっとのことで勘兵衛様の足代わり、
  翼の代わりという斬艦刀の相方、
  一番重い役どころを
  いちいち“私ですか?”と問わずとも
  任せてもらえるようになったばかりだったのに。」

 「…七郎次。」

いやまあ、確かに。
斬艦刀へ搭乗する際の相方には、
地上戦よりも絶妙な呼吸や英断が必要とあってのこと。
まだまだなかなか、
不動の相手として抜擢されていなかったのも
事実といや事実なのだが。

 「そういう意趣返しが出来ようとは、
  随分と練れて来たものだの。」

 「…ですから。///////」

えとあの、恥ずかしいんですったら。/////
もうもう降ろして下さいませと、
当初の打ち沈みようからは随分と掛け離れてのこと、
真っ赤になって
デスクの上へ押さえ込まれたまま、じたばたしている副官殿を。
さてどう料理してやろうかと、
小意地の悪いお顔になった勘兵衛様だが、

 『……これって何ですかっ。』

実は実は、片付いていたのは執務室だけ。
奥の間の私室は、
着替えから書類から紙くずから散乱しまくり、
足の踏み場もないほど散らかりまくっている恐ろしい事実を。
七郎次さんが知るまで、あと半日ほど……。





  〜Fine〜  13.06.27.


  *シチさんが戻って来るのが判った前日、
   征樹殿やら その他隊員の方々を総動員して、
   執務室だけでいいからと大掃除したらしいです、勘兵衛様。
   それも私室へぶっこんだので、
   なおさら途轍もない様相になっているものかと。(おいおい)
   泰然とした態度の陰で、
   実はお茶目な仕儀を組んでた勘兵衛様だったせいか、
   性格は全く違うのに、(むしろ梵天様か?)
こらこら
   某聖人まんがのイエス様とかぶってしょうがありませんでしたよ。

   ええもう、最初は結構シリアスなお話を考えてたんですが、
   どんなに焦らしたところで、シチさんが何へ拗ねているのかなんて、
   ウチのお馴染みさんの皆様にはお見通しでしょうしね。
   何ですかこれっと、激怒したシチさんに尻を叩かれつつ、
   大掃除 第二幕へ突入です。
   こっちの勘兵衛様、
   別の部屋の鬼神・勘兵衛様ほど 老獪ではないようです。(笑)

めるふぉvv*感想はこちら*

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